沿革
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創設者 高木兼寛は、英国で医学を学び、医師と看護師が協力して治療にあたっていることに感銘を受け、看護婦教育の重要性を実感した。帰国後、高木は英国のナイチンゲール看護婦学校を範として、日本で最初の看護師教育機関である看護婦教育所を開設した。
看護婦教育所はその後、慈恵看護専門学校 (東京都港区)として歩みを刻み続け、さらに慈恵青戸看護専門学校 (平成22年閉校)、慈恵第三看護専門学校 (東京都調布市)、慈恵柏看護専門学校へと慈恵の看護教育の拡充が図られている。この歴史と伝統は、130余年を経た現在も脈々と流れ、特徴ある慈恵の看護教育として、人間愛の精神に基づいた豊かな人材育成を継承している。
慈恵柏看護専門学校は、昭和62年(1987年)に千葉県柏市により大学病院誘致の要請を受けた東京慈恵会医科大学附属柏病院の開設とともに開校された。地域医療の中核を担う大学病院と隣接し、建学の精神を共有する恵まれた環境の中で、質の高い学びの場を提供している。
昭和62年 4月 | 慈恵柏看護専門学校開設(3年課程、1学年定員40名) |
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平成5年 4月 | 1学年定員80名に変更 |
平成26年 4月 | 男子学生入学開始 |