慈恵とは…
人を慈しみ恵む心を忘れず、人間愛に根ざす医療の確立。それは、本学の建学の精神「病気を診ずして病人を診よ」によって端的に表現されています。この思いは、医師や看護師をはじめとするすべてのスタッフに、広く浸透していることは言うまでもありません。まず患者さんのことを第一義に考える医療の実践に向けて、慈恵スタッフは邁進しています。
130年の歴史
1世紀を超えて、常に患者さん中心の先進医療を模索しつづけた
医学・医療・看護を追求する者の「心の道のり」がここにある。
学祖・高木兼寛(1849〜1920)は、英国のセント・トーマス病院医学校に留学した際に、人道主義に基づく英国医学に深い感銘を受けます。帰国後、病に悩む人を中心に考える学風の医学校、病院、看護学校を次々に創設しました。時代を経て、医学校は東京慈恵会医科大学に、病院は東京慈恵会医科大学附属病院に、看護学校は慈恵看護専門学校に改称されていきます。東京慈恵会医科大学はわが国初の私立医科大学で、看護師養成機関としても最も長い歴史があり、建学以来130年を経て、現在へと至ります。また、高木は「ビタミン研究の開拓者」として日本国内はもとより欧米においても高い評価を受けており、昭和34(1959)年には、英国の南極地名委員会によって南極大陸に「高木岬」という地名がつけられました。その説明には「日本帝国海軍の軍医総監・高木兼寛男爵は、1882年、食事の改善によって脚気の予防に初めて成功した」と述べられています。
明治 |
1882 有志共立東京病院 1889 ナイチンゲール病棟に則った病室 (明治22年頃) |
1885 鹿鳴館慈善バザーで建てられた看護教育所 1907 東京慈恵会医院 |
1885 看護婦教育所発祥の碑 |
大正 |
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1926 看護婦教育所大正15年9月竣工 |
昭和 1935 東京慈恵会医院玄関前で |
平成 2000 |
病気を診ずして病人を診よ
医師と看護師は車の両輪の如し
建学の精神
私たちは病気の治療のみではなく、患者さんの不安や悩みなどにも心を寄せ、つねに真の医療を考えています。また、患者さんの痛みに共感することができる「医の心」を持つ医師と「看護の心」を持つ看護師の養成を目指しています。
病院の理念
「病気を診ずして病人を診よ」の教えに基づき、質の高い医療を実践し、医療人を育成することにより、社会に貢献し、患者さんや家族から信頼される病院を目指します。
ナイチンゲールの教えを引き継いで・・・
立ち返るのは、看護の原点。私たちは常に質の高い看護を提供し続けます。
東京慈恵会医科大学の学祖・高木兼寛は留学先の英国セントトーマス病院で
ナイチンゲールの看護を目の当たりにし、大きな感銘を受けました。
その後、帰国して看護婦教育所を開設。
ここに、日本で最初の、そして慈恵における看護教育が始まったのです。
以来、私たちはナイチンゲールの教えと誇りを胸に看護の原点に根ざした質の高いケアを提供し続けています。
私たちが目指す看護師像
「感じる心」「考える力」をもち、「人と関わる」ことが好きな看護師を育成したいと考えています。相手の思いや生活観を感じとり、科学的な根拠に基づいて何をどうすべきかを考え、自ら積極的に患者さんに関わっていく、そんな看護師であることを目指しています。
看護部の理念
建学の精神「病気を診ずして、病人を診よ」を基盤に、F.ナイチンゲールの考えに基づいて「看護とは生命力の消耗を最小にするよう生活過程を整えること」と捉え、患者さんをひとりの人間として尊重し、相手の立場にたった患者さん主体の看護を提供します。 私たちは、専門職として、より質の高い看護を目指して自己研鑚に努め、医療・看護の発展に貢献します。